2009年4月29日水曜日

日本経済の罠


竹中平蔵氏が絶賛していて、小泉政権に居たときに本書のロジックを使った、とあれば読まずには居られないって感じなんですが、


米国の金融危機に日本の教訓と生かせ、とか言われてて、それって何? という意味でも、本書を参照するといいんでしょうな。なんせ当時の政策当事者が参考にした位なんで。竹中さんは大臣室に著者を呼んだりもしたそうです。

著者が嘆くのは、日本の経済政策論争が、公共投資による需要喚起型のケインズ派と、供給サイドの規制緩和、企業リストラを主張する構造改革派の不毛な二元論の図式に還元されてしまい、どちらも批判に真摯に応えず議論が深化して行かない状況です。相手を批判し、言いっぱなしで終わり。

確かに、竹中さんの政権時代の回顧録を読んでも、先に結論ありきになっていて根拠薄弱な議論しか政権内ではなされない、と嘆いておられます。各省の立場で望ましい結論を先に持っていて理屈は後から、ってなわけで。

で、中身ですが、主な論点は以下。

○二元論に対する批判
①ケインズ派は、需要の一時的な不足を公共投資で補ううちに経済が自然回復するのを待つスタンスだが、実際には公共投資をやめると経済はまた落ち込んでしまい、中長期的には効果がでていない。逆に財政赤字がふくらみ将来の危機を呼び寄せてしまっている。中長期的に有効な施策ではない。
②構造改革派は、供給サイドの効率化を実現し中長期的な成長を狙う。著者もその意義を否定しないが、供給サイドの改革は一時的に効率アップを通じて、必要な労働力を削減、失業の増加、需要の圧縮を通じて経済浮揚に逆効果を生む。
③リフレ派(ケインズ派の変形)は、インフレターゲットや、金融の大幅な緩和(インフレ期待を醸成して実質金利を引き下げる)によって、需要を喚起する施策であるが、これはすでに日本の経済が成熟期を過ぎて縮小してゆくことを前提にしているが、そもそもそのような前提を置くべきか。著者は政策効果自体を否定しないが他にやるべきことがある。

○現状分析
①不良債権問題は金融システム問題としてのみ捉えるべきではない。不良債権の存在が、金融機能の不全にとどまらず、経済の成長を阻害していると考える。
②ミクロ的に捉えると不良債権のペナルティとして、不良債権(企業で言えば借入過大)があると銀行返済を優先せざるを得ず、先行投資などのリスクテイクができなくなる。
③マクロ的には信用収縮を通じて信用制約がきつくなり、企業が全般的に資金調達が難しくなる。
④しかし、低迷が長引いてしまう理由は①②だけではない。現状は(執筆当時)不良債権の先送りが行われ企業の生殺与奪権を銀行が握っている。しかも会計の透明性が確保されていない現状では、銀行判断がどう下されるか外部には全くわからない。したがって企業、家計等の各経済主体の行動としては最悪事態を想定して行動。実態以上にリスク回避的となる。『ナイトの不確実性』
⑤さらに、リスク回避行動は、本来であれば行われていた企業連携、企業間のすり合わせ行動を阻害し、本来の生産性向上、成長を実現することができないから。著者は経済には複数均衡状態がある、と考えており、不必要にリスク回避的な企業行動は結果的に低位の均衡状況を生みだす。win-winの関係が築けず、lost-lostの結果を招く。相手方に特化した先行投資などは回避される。『ディスオーガニゼーション』

○処方箋
①したがって、不良債権は早急に処理されるべきで、直接償却、当局資産査定の厳格化、会計監査の厳格化、企業破綻法制の整備、資産投売りの防止や債権者間調整のコスト削減のための市場原理導入、が必要だ。

とまあ、こんな感じですかね。

厳格な資産査定については、アメリカでも銀行の資産査定が行われいて5月頭には結果が発表になるようですが、こうした論理を参考にしているのかも知れませんね。